稽古場総括という名のムダ話

JACROW19#『消失点』ブログをご覧の皆さま、お久しぶりです。

今回中村さんのお手伝いをしております演出助手の者です。

ついに稽古場を離れ本日小屋入りしました!

そこで「稽古を総括して」という大役を任されまして再び登場したのですが、
あまりまとまらず、また個人的な話しになりそうです。。

今回、稽古終盤でたくさんの大きな変化がありました。

台本を初めて見たときから、今出来上がりつつある作品に至るまで、まっすぐというよりは曲がりくねった道を進むように作り上げてきました。

それが佳境を迎え、最後の最後に坂を、もはや山を登る勢いで一気に駆け上っていった印象です。

この1週間で、この数日で一気にクオリティが上がりました。

突然ですが私は今回「親の気持ち」を想像すること、理解することができない、という発見をしました。

台本を文字として読んでいても、たくさんの「わからないこと」がありました。

それを人生経験豊富なキャスト・スタッフの方々に質問し、返ってきた答えは時としてなんだかしっくりこないことも。

しかし私以外の多くの方は共感し、納得している様子。

ふと改めて考え直すとそれは自分が「子供から見た視点」でしか考えることができていないからだな、と。

自分にとっての「家族」とは「親」であり「兄弟」で、決して未来生まれるかもしれない「子供」ではないからこそ想像できない。

子供は果たして親の発しているメッセージをどれだけ理解しているのでしょうか?

子育てをしたことのある人の話しを聞くと、自分が子供の頃、親がどんなことを思って私に接していたのか、全くわかっていなかったのかもしれないと怖くなります。

親が意図的に発しているメッセージを読み取れず、無意識に発してしまったメッセージを感じ取ってしまう。

言語が未発達だからこそ、子供は親と異なる考え方をするのかもしれません。

長くなりましたが、私は今回のお話を「当然のように一緒にいる"誰か"」に対する考え方を見直すお話だと思っています。

それが「子供」であれ「親」であれ「パートナー」であれ、「当然」みたいになっているからといって考えなくてもいいではないのだと教えてくれるお話だと思います。
また「思いがすれ違う」お話だとも思います。

だからこそ、誰しもに影響を与える作品であると断言できる。

1日、1日深みを増していくこの作品を是非全身で、体感して頂ければと思います。